診察室だけでは伝えきれないこと ―― 山口里恵が料理教室を始める理由
2026.7.31
Health&Cureクリニック赤坂では、診療の中で、栄養や食事の大切さをお伝えすることがあります。
鉄をどう摂るか。
タンパク質をどう入れるか。
腸内環境をどう整えるか。
朝ごはんをどう工夫するか。
山口里恵院長が日々の診療で見ているのは、症状だけではありません。
その子が何を食べているのか。
どんな生活をしているのか。
家でどこまで実践できているのか。
そして、その食事や生活が、子どもの体と心の土台になっているか。
そうしたところまで見ながら、回復を支える医療を目指しています。
今回、Health&Cureクリニック赤坂では、管理栄養士とともに、料理教室の取り組みを始めることになりました。
なぜ、クリニックが料理教室を行うのか。
なぜ、診察室だけでなく、実際に作る場が必要だと考えたのか。
その背景について、山口院長に伺いました。

食べたものが、体をつくっている
―― 料理教室を始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
「一番大きいのは、やっぱり“食べたものが体をつくっている”ということです。
これは、私だけではなく、管理栄養士たちとも常に共有している感覚です。
子どもたちは、これから何十年も生きていきます。
その長い人生を支える体を、今つくっているんですね。
だから、今の不調を改善するためだけではなく、これから大人になっていくための体の土台をつくるという意味でも、食事は本当に大切だと思っています。
しっかりした食べ物を入れて、しっかりした体をつくる。
その体を土台にして、成長していく。
そして、大人になってからも健康を保っていく。
そういう視点を、もっと日常の中に落とし込めたらいいなと思ったんです。」
診察室では、伝えきれないことがある
―― 普段の診療でも、栄養の話はかなりされていると思います
「そうですね。
診察の中でも、塩むすびのこと、ボーンブロススープのこと、卵の使い方、タンパク質の摂り方など、できるだけたくさんお伝えしています。
でも、診察室で伝えられることには限界があります。
私も、限られた時間の中で、なるべく多くのことを伝えたいと思って、かなり早口でたくさん話してしまうことがあります。
ただ、情報量が多すぎるんですよね。
患者さんやご家族にとっても、一度聞いただけで全部を理解して、家に帰ってすぐ生活に落とし込むのは、やっぱり難しいと思います。
私自身も、診察の中で伝えられていることは、本当に必要なことの一部なのではないかと感じています。」
山口院長は、食事や栄養の話を「知識」として伝えるだけでは不十分だと感じています。
聞いて、納得する。
でも、家に帰るとどうしたらいいかわからない。
忙しい毎日の中で、続けられない。
子どもが食べてくれない。
家族の中で協力体制がつくれない。
そうした壁が、実際の生活にはあります。

「いいとわかっていても、続けるのは難しい」
―― 栄養指導を生活に落とし込む難しさを感じているのですね
「本当にそうです。
たとえば、ボーンブロススープがいいですよとお伝えしても、実際に作って、生活の中で続けてくださっている方は、感覚としてはまだ一部だと思います。
もちろん、皆さんがやる気がないということではありません。
いいとわかっていても、実際に自分の生活に落とし込むのは難しいんです。
何を買えばいいのか。
どう作ればいいのか。
どのくらいの手間なのか。
子どもが食べてくれるのか。
忙しい朝に本当にできるのか。
そこが見えないと、なかなか習慣にはなりません。
だから、ただ“これがいいですよ”と伝えるだけではなく、実際に作ってみる場が必要なのではないかと思いました。」
料理教室は、特別な料理を学ぶ場所ではありません。
山口院長が考えているのは、診療で伝えている栄養の考え方を、家庭で続けられる形に変えることです。
塩むすび。
ボーンブロススープ。
卵を使った朝食。
具だくさんの味噌汁。
子どもが自分で用意できる補食。
そうした、毎日の食卓に戻っていける実践を大切にしています。
知識ではなく、「生きた知識」にしたい
―― 料理教室で届けたいものは何ですか?
「正しい知識と、実践できる知識を届けたいと思っています。
知識として“栄養が大事です”と聞くだけでは、なかなか生活は変わりません。
でも、実際に作ってみる。
食べてみる。
これなら家でもできるかもしれないと思える。
そこまでいって初めて、知識が生活の中で生きてくると思うんです。
子どもたちにも、ただ親に出されたものを食べるだけではなく、自分の体をつくる食事に少しずつ関わってほしいと思っています。
簡単なスープの作り方を覚える。
自分の朝ごはんや補食を用意できるようになる。
将来、一人暮らしをするときにも役立つ。
いつか自分の家族を持ったときにも、その知識を活かせる。
そういうふうに、今だけではなく、これからの人生にも残るものになればいいなと思っています。」
山口院長が目指しているのは、通い続ける医療ではありません。
体が整い、生活の中で自分を守る方法を身につけ、いつかクリニックを卒業していくこと。
そのためには、検査や処方だけでなく、日々の食事や生活を自分のものにしていくことが必要です。
料理を学ぶことは、治療から離れた話ではありません。
子ども自身が、自分の体を守る力を身につけるための、大切な一歩でもあります。

家で「できるわけない」を変える一手に
―― 料理教室は、家庭での実践を助ける場でもあるのでしょうか?
「はい。
診察室で話を聞いたときには、“なるほど”と思っても、家に帰ると“でも、どうやってやればいいの?”となることは多いと思います。
中には、“そんなこと、家でできるわけない”と思っている方もいるかもしれません。
でも、実際に見て、作って、食べてみると、思っていたよりできるかもしれないと感じられることがあります。
それが、家庭で変わるきっかけになればいいなと思っています。
たとえば、子ども自身が作れるようになったら、今までご家庭で続かなかったことも、少し変わるかもしれません。
親御さんだけが頑張るのではなく、子どもも一緒に関わっていく。
そうすると、食事改善が“親に言われてやるもの”ではなく、“自分の体のためにできること”に変わっていくと思うんです。」
起立性調節障害や不登校の時期には、家で過ごす時間が長くなることがあります。
もちろん、体調が悪いときに無理をする必要はありません。
ただ、学校に行けない時間があるからこそ、家でできる小さな一歩が、その子の自信につながることもあります。
週に一度、家族のご飯を作ってみる。
自分の補食を用意してみる。
味噌汁に卵を落としてみる。
おにぎりを握ってみる。
それは、単なる料理ではなく、回復への参加でもあります。
お母さんだけが頑張らなくていい
―― 食事改善は、お母さんに負担が偏りやすい印象もあります
「そこは、私もずっと気になっています。
食事のことになると、どうしてもお母さんだけに負担がいきやすいんです。
でも、本当はお母さんだけが頑張らなくていいと思っています。
お父さんが料理教室に来てくれてもいい。
お父さんが作れるようになったら、それはとてもいいことだと思います。
もちろん、お子さん自身が来てくれてもいいです。来てくれたお子さんが、その日に学んだレシピをまるっと家で作れるようになってくれたら嬉しいと思って指導します。
自分の朝ごはんや補食くらい、自分で用意できるようになってもいい。
学校に行けていない時期でも、体調に合わせながら家でできることを少しずつ増やしていくことは、すごくいいステップになると思います。
家族が変わるきっかけになってほしいんです。」
子どもの不調が続くと、家族の中で、親御さんが孤軍奮闘してしまうことがあります。
朝起こす。
食事を考える。
学校とやり取りする。
病院を探す。
本人の気持ちを支える。
その多くを、お母さんが一人で抱えてしまうことも少なくありません。
だからこそ、料理教室は「お母さんのための料理教室」ではなく、家族で変わるきっかけの場でありたいと、山口院長は考えています。
母としての経験も、出発点にある
―― ご自身の家庭での経験も、今回のきっかけになっているのでしょうか?
「実は、それもあります。
私自身もすごく忙しいので、家のことを全部完璧にできているわけではありません。
そんな中で、うちの長女が、週に一度、献立から料理まで担当してくれているんです。
汁物と、メインと、ご飯と。
自分で考えて作ってくれる。
それが本当にありがたいですし、彼女自身のためにもなっていると思っています。
弟や妹も、お姉ちゃんが作ってくれた料理を“おいしい、おいしい”と言って食べていて、その時間がすごく幸せなんですね。長女もとても嬉しそうで。
もちろん、いつまで続くかはわかりません。
途中で嫌になってしまうこともあるかもしれません。
でも、そういう時間が家庭の中にあることは、とてもいいなと思っています。
もし、それがほかのご家庭でもできたら、すごくいいのではないかと思ったことも、料理教室を始めるきっかけの一つです。」
山口院長は、小児科医であると同時に、3人の子どもを育てる母でもあります。
診療の中で見ている子どもたちの姿。
家庭の中で感じている、食事が持つ力。
その両方が、今回の取り組みにつながっています。

患者さん同士がつながる場にもなれば
―― 料理教室には、コミュニティとしての役割もありますか?
「そうですね。
患者さん同士のコミュニティができても素敵だなと思っています。
当院はオンライン診療の方も多いので、患者さん同士が実際に会う機会はあまりありません。
でも、本当は、同じような悩みを持つご家庭同士で話したり、情報交換したりしたい方もいるのではないかと思っています。
一緒に料理を作って、一緒に食べる。
同じ釜の飯を食べるような時間の中で、子どもたちやご家族が少しずつ交流できたら、それもすごく意味があると思います。
クリニックの診察室とはまた違う形で、支え合える場になったらいいですね。」
病気や不調と向き合っていると、家庭の中だけで抱え込んでしまうことがあります。
同じような悩みを持つ人がいる。
同じように試行錯誤している家族がいる。
自分たちだけではないと思える。
それだけで、少し呼吸がしやすくなることもあります。
料理教室は、栄養を学ぶ場であると同時に、孤立をゆるめる場にもなり得ます。
診療の先にある、生活を支えるために
―― 最後に、料理教室を通して伝えたいことを教えてください
「私は、診療だけで全部が完結するとは思っていません。
もちろん、検査も治療も大切です。
必要な医療介入をすることは、とても大切です。
でも、子どもたちの体は、毎日の食事や生活の中でつくられていきます。
だから、診察室でお話ししたことが、家庭の中で実践できる形になっていくことが大切なんです。
食事を変えることは、簡単ではありません。
でも、完璧にやる必要はありません。
まずは一つ、できることからでいいと思います。
塩むすびを作る。
味噌汁に卵を入れる。
ボーンブロススープを作ってみる。
子どもが自分で補食を用意してみる。
お父さんが一品作ってみる。
そういう小さな変化が、家族全体の習慣を変えていくことがあります。
そして、その習慣は、クリニックを卒業したあとも残ります。
子ども自身が、自分の体を守る力を持てるように。
家族みんなで、無理なく食事を整えていけるように。
そのための一つの場として、料理教室を育てていけたらと思っています。」
診察室で伝えきれないことを、暮らしの中へ。
知識として聞いた栄養を、実際に作り、食べ、続けられる形へ。
Health&Cureクリニック赤坂が料理教室を始める理由は、そこにあります。
子どもの不調を、気持ちだけの問題にしない。
体の土台を見つめる。
食事を通して、家族で回復に向かっていく。
その一歩を、診察室の外でも支えていきたいと考えています。




